Matthews' Issue

アメカジオンラインショップのマニアックブログ。アメリカンカジュアルは面白い!

ファッションが売れない

      2017/04/07

ファッションのいま

(長いですよ)

UAの栗野さんです。むかーし原宿本店で一度だけお見かけしたことがあって、失礼ながらそんなにオーラは感じなかったのですが、周囲のスタッフがえらいビビってフロアが異様な空気だったことは鮮明に覚えております(笑)。

御年64歳。20数年ほど前のことなので、ちょうど今のマツシタくらいですね。こちらに周囲をビビらせられる実力はありませんが。

ウィメンズは詳しくないので「なるほどね」程度の感想しかないのですが、他の部分、ノームコアやソーシャルネットワークとの関係性については最近思っていることとほぼ合致(オレの感性、やるじゃないか!)。

何度か繰り返し読みました。ウチのブログを読んでくださっているみなさんには興味深い内容と思うので、ぜひご一読を。

いっとき流行ったノームコアは、自分が何者でもない誰でもないという限りなくアノニマスでいるための装いでした。本来、ノームコアは“Me First”と同様の概念だったと思うのですが、日本では表層的な解釈でシンプルな服=ノームコアとして定着してしまいました。結果、ノームコアという名の流行になったのです。

華美なブランド志向に対するカウンターや(そう、根底はパンクなんですよ)、ドレスコードや企業のアドバタイジングのような衣料品に対する嫌悪だったり、2015年にアメリカすべての州で同性婚が認められて、LGBTらマイノリティーがかつてないほどの上昇気流に乗ったなか(そして大統領選の結果以前だった)で、

 

「いろんなものからフリーになろうよ」

 

というムーブメントが、ファッションの切り口から出てきたものがノームコアです。

だから、「Normcore」が表れ始めたころの海外のウェブサイトには、タキシードジャケットに短パンにバッシュの男性とか、ワッペンが縫い付けられまくったライダースジャケットにロングスカートのギャルとかのストリートスナップが載っていましたもん。

その中に、無地のカットソーに同系色のシンプルなパンツだけの人とかも居たよって話なのですが、日本だと "自分らしく=シンプル" みたいな解釈があるから、その括りでノームコアファッションなんてことになってしまったわけです。

"自分らしく" っていうマニュアルに則って着飾るなんてそんなバカな話ありますか。根付くわけないでしょう。

「雑誌を捨てよ、町へ出よう」と書けるか

いまや、日々流れてくる膨大な量のファッションアイコンを目にするようになっている。はじめのうちこそ「かっこいいな、こういう格好したいな」「ああ、この人はイケてるな」って思うこともありました。しかし、あまりにその量が膨大になると、お互いがお互いを打ち消し合ってしまう。無化作用が起きる。そうして次第に、「ファッションってそんなにすごくない」と思う人が増えてくるわけです。なにしろソーシャルメディアの世界なので、当然生身の肉体ではないし、見ている側もエキサイトしなくなってくる。ただそこにあって、たまにチェックするだけで終わる。

Twitter、Facebookと来て、いまファッションと一番相性がいいのはInstagramですよね。一応アカウントはあるものの、文字好きのマツシタはあまり食指動かなくてクマムシ状態です。

知人のショップでも、「商品載せたらFacebookとかより全然問い合わせ多いよ」とのことなので、アパレルのPRとしてはかなり有効なんでしょうね。

ほとんど使っていない身でぶった切るのもおこがましいのですが、アレの取り扱いに最も慎重にならなくてはいけないのは、雑誌やファッションサイトだと思います。

節子、それ褒め言葉やない。悪口や。

栗野さんは受け手としての弊害をおっしゃっていますが、私はどちらかといえば発信者として。

私もブログ用の写真で1カット20枚くらい撮ったりしますので、何気ない風の写真を自撮るための努力はよく分かります。でも、その奇跡の一枚はアナタであってアナタじゃない。単なるビットの集合体です。ネット上のアナタのコピーは、そう、生身じゃないんです。

直に見られることが少なくなれば感覚(センス)はあっという間に劣化します。経験者が言うんですから間違いありません

画角命で感覚の劣化になかなか気づけない。#インスタ映えだの#インフルエンサーだの煽れば煽るほど、少しずつ少しずつファッションに興味を持っている読者のフィジカル耐性を鈍らせていってるのです。去勢といってもいいくらい。

雑誌のミッションは街に人を向かわせることだと思うんです。ファッション誌もトレンドや新商品を紹介する体裁ではありますけど、命題は街に限らず海でもメシ屋でもキャバクラでも、

 

とにかく人のいるところに行く気にさせること。

 

外に出れば何かしらお金を使います。人と会えば自分の身なりに気を配るようになります。

私なんぞはよく恵比寿代官山あたりに出没しますが、恵比寿駅を出るたんびに「なんてキレイなおねーさんばかりなのか」と思わずにいられず、信号待ちの時ですら背筋を伸ばしておかねばとなります。いや、別に何期待してるでもないですが。

焦点を当てるべきは、「オレがどう過ごすか」「オレがどんなフィーリングでいられるか」という内向きの自意識ではなくて、「アイツらになんて言ってもらえるか」じゃないかと思うんですよね。

テレビのダンナ私服改造計画的なコーナーも、ハイライトは変身したダンナさんを見て「きゃ〜〜別人〜〜〜」「パパかっこいいー」というご家族のリアクションでしょう。ファッションの楽しさはそこなんです。見るべきはアプリ上の自分のコピーじゃなくて目の前にいる人の反応。

 

モノが売れる売れないの前に、まず感度を上げるためには人に会う機会を増やすの一択しかありません。しかも即効性はありません。今のやり方を続けるか、読者を信じて育てていくか。どちらにせよ消耗戦であることに変わりはないのですが。

頑張ってそういう誌面を作っても、手軽さでネット通販に負けてしまうかもしれません。それはユーザーチョイスだから仕方ありません。でも最初から、はい限定の付録、はい限定の誌上通販、はいインスタインスタ……ってそれはクライアント(メーカー、ショップ)が稼ぐところでしょ。そりゃ広告出さなくもなりますよ。

ファッションのヲタク化

以前飲みの席で「ヲタクとマニアの違いってなんだろね?」という話になり、その違いについて結論は出なかったのですが、私の中でヲタクの定義は

 

偏愛している対象物と自分、二者のみで関係が成立させられる人

 

です。他人を介在させる余地など最初から頭にない人のこと。

いい写真を撮るためなら、立ち入り禁止を越えようが花を踏み荒らそうがお構いなしの鉄ヲタや、数秒の握手チケットのために同じCDを何十枚も買い込んで、CD自体は要らないと平気で捨てるアイドルヲタとか。

第三者の目線を感じないから出来ることです。見た目にイタい人が多いのもこれで合点がいきます。

南海キャンディーズの山ちゃんが、キモいだなんだ言われていても人気があるのは他人の視線を自覚しているからです(その感覚なくして売れる芸能人はいないでしょうが)。その上イタさを笑いのネタにもできているのは、言葉のチョイスが的確で、自分が周囲にどう見えているかまで客観的にわかっているからで、テレビで見ない日がないほどの活躍もうなづけるというものです。

ファッションが他人とのコミュニケーションツールである以上、ヲタク化はありえないのですが、画面の中とのやり取りに偏重して現実でのリアクションに気づけなくなった結果、亜種としてのヲタク化はあるのかもしれません。そして、ヲタクの見た目は総じて「イタい」のです。

ファッションが売れない

栗野さんはここの部分はあまり詳しく語っていないのですが、私の周囲も8割はそんな感じです(私ももれなくその内のひとつ)。

インターネットのおかげで流通する情報とモノの量はこの数年で格段に増え、しかし働く時間の短縮化は進みません。インカムが増えない代わりに拘束時間が減るか、拘束時間が減らない代わりに仕事効率化でインカムが増えるかのどちらかにならなければ消費が進むはずもありません。

「欲しいものがない」「欲しい服がなくなった」というよりは、人が場に出合っていないということなのではないでしょうか。だからこそ栗野さんも計1,000人が訪れたストリートランウェイという場に手応えを感じたのだと思います。そこにいたすべての人が見ている人であり見られている人でもある。目に見えないスパークが起こっていたのでしょう。

ファッションが売れるために、ファッション自身が面白くなくてはならない、は必要条件ではないと私は思います。


「素晴らしい! 人類まだCD買ってるなんて!」

アメリカはタワーレコードの店舗はとっくに消滅してしまってますからね。日本は世界的に見てもフィジカル(デジタルに対して物質化してるという意味でCDをこう呼びます)の音楽ソフトがいまだに流通してる珍しい国なんだとか。日本もCDショップだいぶ少なくなってますけどね。

一方、いまアメリカではショッピングモールがすごい勢いで閉鎖されまくっているそうです。人口は増えていっているので、これは完全にネットショッピングにやられちゃった感じです。まあモールレベルでは客だからって持ち上げてくれないですからね。そんならネットでいいかとなるのは分からなくないです。

ファッションが売れないことを雑誌やらインターネットのせいにしてきましたが、販売側自体の至らなさもあるだろと言われそうですが、それについてはまた何か思いついたら書きます。というかいま書けるほど私も店に行ってないんですよね。半引きこもりなので。

これも色々気づかされるインタビュー。さあ、みなさんもとりあえず街に出てみましょう。そこに何かありますよ。

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